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大阪高等裁判所 平成6年(う)378号 判決 1996年3月08日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人尾鼻輝次、同原田直郎、同桃井弘視、同滝口克忠、同浅岡建三、同山下良策及び同三好勝連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書各記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官東厳作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人には、大阪府民信用組合(以下、「府民信組」というほか、固有名詞の略称等については原判決のそれにならう。)に対する加害目的も自己図利目的もなく、また、任務違背もその認識もなかった。すなわち、<1>被告人に未必的にせよ府民信組に対する加害目的があったことを示す証拠はなく、かつ、被告人において、不動産等の抵当権設定という担保徴求をせず、いわゆるプロジェクトすなわち雅叙園観光ホテルの再開発による見込み利益を本件貸付金の回収財源と認識していても、そのことから、被告人に、加害目的があったと推認することもできない。また、被告人は、コスモスグループが倒産して貸付金が焦げ付いたとしても、その責任を追及される立場にはなく、被告人にとって府民信組の理事長たる地位の喪失はなんら恐れることではなかったのであるから、自己の利益を図る目的もなく、要するに、本件貸付けを含むA及びB関連の融資は、府民信組の利益のためになされたものである。<2>府民信組における被告人の経営姿勢については、大阪府の強い要請により、当時、破綻状態にあった豊国信用組合を合併したことから、厳しい財務運営を強いられ、不良債権の早期の回収や償却による整理などを図ることが不可能な中で、新千里ビルグループにおいて、多額の逆ざやを負担して資金調達をするなどしてその経営を維持していたもので、被告人は、その任務を忠実に実行していたというべきであり、株式会社協和綜合開発研究所に対する個々の貸出に関する担保についても、当時としては担保価値が十分に認められたものもあったのであり、単に形だけの担保を徴求したものではないから、原判決は、これらの点において事実を誤認したもので、右の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

一  本件の背景及び犯行に至る経緯、犯行状況等

記録によれば、本件の背景及び犯行に至る経緯、犯行状況等については、原判決が、「被告人の経歴、犯行に至る経緯等」及び「犯罪事実」の項で認定するとおりであると認められ、当審における事実取調べの結果によっても左右されないが、所論につき検討するのに必要な限度でその概要をあらためて説示すると、以下のとおりである。

1  被告人は、昭和四二年一〇月、株式会社千里ビルを設立して代表取締役になり(同四五年四月「新千里ビル株式会社」に商号変更。)、同六〇年三月までは代表取締役として、不動産業、貸しビル業等を営み、それ以後は、関連会社十数社を含む新千里ビルグループのオーナーとして、実質的にその経営をする一方、同年五月には、府民信組の代表理事である理事会長に、同六一年四月には同じく代表理事である理事長に就任し、以後、同信用組合の経営者として、積極的な経営を進めてきた。

2  被告人は、昭和五九年ころ、当時、コスモポリタングループを設立して地上げや仕手株の売買をしていたCと知り合い、同六二年三月ころから府民信組のコスモポリタングループへの資金貸出を始め、コスモポリタングループ各社に対する貸出は、同年九月ころまでの間に、一六〇ないし一七〇億円に上った。なお、同人は、同年四月ころには、雅叙園観光株式会社の内紛に介入してこれを実質的に支配しており、右貸付けの担保として、雅叙園観光が所有していた神戸ニューポートホテルの土地建物と株式及び雅叙園観光その他の株式を府民信組に差し入れていた。ところが、同年一〇月いわゆるブラックマンデーの株式市況の大暴落で仕手戦に失敗したCが大きな損害を被り、雅叙園観光の手形を乱発するなどしたものの、やがてコスモポリタングループ各社は倒産し、同六三年八月Cは失踪した。

3  被告人は、昭和六二年一二月ころ、CからAを紹介され、そのころ、Aが、右のとおり資金繰りに窮していたCから神戸ニューポートホテルを購入するとともに、Aがコスモポリタングループの債務を肩代わりして、神戸ニューポートホテルの土地建物に設定されていた抵当権設定登記を抹消する話がまとまり、同六三年一月二五日、府民信組からAが経営する協和に対し、神戸ニューポートホテルの土地建物に協和を債務者とする極度額一五〇億円の根抵当権を設定して一二七億五〇〇〇万円を貸し付け、Aは、その資金で府民信組に対するコスモポリタングループの債務の大半を返済し、右の一二七億円余の借入金も、同年八月にAが静信リース等から融資を受けて府民信組に返済した。なお、右のほか、同年中に府民信組から協和に対して何回か運転資金、株式購入資金として貸付けがなされたが、いずれも返済された。

4  他方、府民信組は、大阪府の指導により昭和六三年四月豊国信組と合併したが、同信用組合は、実質的にはBが支配しており、同信用組合の不良債権のほとんどは同人が主宰するコスモスグループに対するもので、その額は約一二〇億円に上っていたほか、全国信用組合連合会が肩代わりしている為替交換尻欠損に係る約四二億円の債務があったところ、Bは、同年一月ころから、Cに代わって雅叙園観光を支配するようになり、Cが乱発した雅叙園観光振出しの手形の処理に当たっていたが、被告人は、同信用組合のコスモスグループに対する債権を保全するためには、Bとの協力が必要であると考え、府民信組から資金援助をした。しかし、Bは、結局、雅叙園観光の資金繰りに困難を来し、雅叙園観光ホテルの敷地の払い下げ、再開発に関するプロジェクトを示して更に資金援助を依頼してきたことから、被告人は、同年一二月中旬ころ、府民信組の相談役Dを伴い、東京都目黒区内所在の雅叙園観光ホテルを見分し、乱発手形にかかる債務総額は約二六八億円で、うち担保付きのものが一〇〇億円余りであるなどという話を聞いたほか、Aや他の債権者にも会うなどして調査をした上、資金提供を決意し、コスモスグループに対し、雅叙園観光の乱発手形処理のための資金として、茨木興産、高橋ビルを経由させて雅叙園観光振出しの手形を割り引く形態で貸出を実行した。

5  ところが、このころ、大口債権者である金融業者が、Bに、雅叙園観光の経営から手を引かせ、代わりにAにその経営を任せる意向を示していたところ、Aは、コスモポリタングループに対する債権につき雅叙園観光の連帯保証に係る二八四億円余りの債権の支払を請求する内容証明郵便を雅叙園観光に送付した。このことを聞いた被告人は、雅叙園観光には、右支払請求に応じる資力はないから、そのまま放置すればその倒産は確実であるが、そうなれば、前記のとおり雅叙園観光振出しの手形を割り引く形でコスモスグループに貸し出していた百数十億円の回収が困難になり、更には、担保として取得していた雅叙園観光の株式も無価値になることを危ぶんだ。そこで、被告人は、平成元年一月一〇日過ぎころ、自己が経営する大阪府吹田市内の料亭千里石亭にAとBを呼んで三人で会談し、その後もAと話し合った結果、Bが雅叙園観光の経営権をAに譲り、かつ手持ちのプロジェクトを提供するなどしてAの手形処理を助け、以後は、同人が同社を経営し、約三〇〇億円を要すると見積もられていた簿外手形の処理は協和が行ない、府民信組が協和に対してそのための融資をし、右貸金は、将来雅叙園観光ホテルの敷地を再開発するなどして得られる利益で回収する、などの合意が成立した。

6  被告人は、右合意に基づき、原判決別紙一覧表記載のとおり、平成元年二月七日ころから同年七月二六日ころまでの間、合計三一回にわたり、府民信組から協和に対し、直接又はダミー会社を経由して手形割引名下に合計二六七億一七四五万〇六九四円を振込送金して貸し出した(原判決が認定した犯罪事実)。ところが、同年七月下旬になり、協和に対する貸出総額が当初約束の三〇〇ないし三五〇億円になるのに、Aは、雅叙園観光の債務処理にまだまだ資金が必要であると言い、しかも、雅叙園観光ホテルの再開発事業については、その前提条件である敷地利用権に関する裁判の和解ができる様子も見えず、被告人において、BやAらに騙されているのではないかと感ずるとともに、このままずるずると多くの資金を要求されることを懸念し、このころ、協和に対する雅叙園観光の手形処理のための貸出を打ち切った。

7  このように府民信組が協和への融資を停止したため、協和は直ちに資金不足に陥ったことから、Aは、伊藤萬株式会社(その後、「イトマン」に商号変更)の代表取締役社長Eに接近し、同社に種々の案件を持ち込んだり、平成二年二月には同社に入社して企画監理本部長、常務取締役になるなどして、同社から資金を引き出していたが、同年一一月には退社を余儀なくされ、資金繰りに窮していった。

8  被告人は、協和に対し、右融資停止後も、日本ドリーム観光株式購入資金、雅叙園観光株式購入資金等の名目で資金を拠出し、平成二年一一月時点での貸付金総額は、利息を加算すると八一二億九八〇〇万円に達した。ちなみに、同三年三月末段階での府民信組の預金高は二三八九億円、貸出金高は二三七一億円である。なお、原判示の犯罪事実に係る貸出金を含め、府民信組の協和に対する貸金は、その後何回か手形の書換えが行なわれ、その多くは、Aの支配企業の一つである株式会社ウイングゴルフクラブ振出しの五通の約束手形(額面合計六六七億三五〇〇万円)に集約されていたが、平成三年五月一四日、府民信組が支払場所である名古屋市内の中京銀行熱田支店に支払呈示したところ、資金不足により支払拒絶された。

二  背任の目的等について

1  原審で取り調べた関係証拠によれば、原判決が、「事実認定の補足説明」の「一 本件背任における被告人の目的」と題する項において、「本件貸付けは、共犯者Aの経営する協和の利益を図る目的を有するとともに、その反面、右融資を行なうことにより府民信組に貸倒れの危険を生じさせることを認識認容しながら敢えて、貸出をしたという点で、府民信組を害する目的をも有し、併せて、信用組合理事長としての責任追及と地位の失墜を免れるという自己の利益を図る目的で行なった」旨認定した点は、その説示部分をも含め、おおむね正当として肯認することができる。

2  なるほど、前認定のとおり、被告人としては、府民信組が、豊国信組との合併に伴い巨額の不良債権を承継したところ、その大部分がコスモスグループに対するものであったことから、同グループの支配する雅叙園観光が倒産する事態に陥れば、コスモスグループ及び雅叙園観光からの債権回収が困難になるとともに、府民信組や新千里ビルグループがこれらの債権の担保として保有していた雅叙園観光の株式も無価値になることを恐れ、Bらが示した雅叙園観光ホテルの再開発による利益に期待し、その後その経営を承継したAを介して追加融資することにより、雅叙園観光の立て直しを図ろうとする思惑があったことは肯認することができる。

しかしながら、当時、協和は、金融機関に提出した決算報告書によっても、約四〇億円の売上に対し、約一三二〇億円の借入金等の債務を負担し、七五億円余りの支払利息を計上する経営状況(平成元年四月三〇日決算)にあり、粉飾部分を解消すると、実際は、大幅な債務超過の状態であって、他の金融機関から新たな借入をすることは困難と思われる状況であったのに、被告人は、Aや関係者から事情を聞いただけで、それ以上、決算報告書等の書類すら調査、検討しようとせず、融資を決断しているのであって、ここに、被告人の本件融資に対する基本的な姿勢をうかがうことができる。その上、原判決が指摘するとおり、被告人は、協和に対し、なんら確実な担保を徴求することなく巨額の融資を実行していたものであり、その融資形態、外形的な担保設定の態様等に照らすと、被告人は、客観的に貸付金回収の確実な見込がなく、貸倒れにより府民信組に損害を与える蓋然性が高いことを十分認識していたものと認められ、このことからすれば、被告人には、協和の利益を図る目的があったことは勿論、それと表裏をなすものとして、府民信組を害する認識もあったといわざるを得ない。なお、右のいわゆる雅叙園観光ホテルの再開発プロジェクトなるものは、それ自体実現可能性の極めて乏しいものであり、被告人においても、BやAらから話を聞いた程度で、その当時、土地建物の権利関係や行政上の許認可の有無・可否等、再開発のための基本的な事項さえ監督官庁等関係機関で調査した形跡も見られないのであって、再開発利益による回収は、原判決がいうように、期待ないし願望に過ぎないものであり、これがあるために府民信組の利益を図る目的があったとか、府民信組を害する目的がなかったとか評価することはできない。

所論は、本件貸付けは、いわゆるバブル経済の最盛期に行なわれたものであり、当時は、不動産であれ、株式であれ、ゴルフ会員権であれ、これらを購入すれば短期間で値上がりし、かなり儲けることができるという時代であって、被告人において、土地抵当権等の確実な担保を徴求せず、本件貸付けに及んだ事実から被告人に府民信組に対する加害目的があったと推認することはできない、というのである。しかし、いわゆるバブルの崩壊を的確に予見することが困難であったとしても、いつまでも不動産や、株式、ゴルフ会員権等の値上りが続くものではなく、これによる利益が際限なく得られるものでないことは容易に認識できるものというべきであり、当時の経済状況を考慮に入れても、前記のような極めて漠然とした開発利益に期待するのみで、十分な調査もせず、確実な担保を徴求せずに巨額の融資を実行した本件においては、被告人に、府民信組に対する加害目的があったと推認して差支えないというべきである。

3  また、被告人が協和に対する融資を断れば、雅叙園観光及びコスモスグループの倒産を招き、債権の回収ができなくなることにより、信用組合理事長としての責任が追及されることになる事態であったから、本件融資を決意した時点においては、その責任追求を免れる等自己の利益を図る目的があったと認めるのが相当である、とした原判決の判断も正当である。

所論は、コスモスグループが倒産して貸付金が焦げ付いたことに対し、被告人は責任を追及される立場にはなかったとか、被告人にとって府民信組の理事長たる地位の喪失はなんら恐れることではなかった、などというのである。しかし、前認定のとおり、被告人は、豊国信組との合併後も、担保価値を厳密に評価せずに百数十億円に上るコスモスグループへの追い貸しをしていたもので、コスモスグループが倒産することによりその回収が不能になれば、理事長としての経営責任が追及されることは十分あり得ることであり、また、被告人が府民信組の理事長の立場そのものには執着していなかったとしても、放漫融資の責任を追及されてその地位を失墜することまで受容していたとは考えられず、そのような事態を回避するという意味において、副次的にせよ自己の利益を図る目的があったといわざるを得ない。

三  被告人の任務違背の態様等について

1  被告人の経営姿勢、本件貸出の法令・規定違反等について

記録によれば、被告人がした府民信組の協和への貸付けは、<1>府民信組の事業目的が、大阪府下の中小規模の事業者等の経済活動の促進、経済的地位の向上を図るため組合員に必要な金融事業を行なうものとされているのに、実質的には、東京都内に本拠を置く一部上場企業である雅叙園観光の簿外債務処理のためになされたもので、その趣旨、目的に反していること、<2>府民信組の組合員資格のない事業者に対するもので、実質的には、法令が制限している員外貸付けであること(中小企業協同組合法九条の八第二項一〇号、同法施行令一条の六第一項二号、二項)、<3>貸出規定によって禁止されている金融手形の割引であること(貸出規定第二章8項)、<4>同一取引先に対する貸出は、原則として、府民信組の出資金、引当金及び準備金の合計額の二〇パーセント(平成元年三月末時点では約九億三六〇〇万円)と四億円(同二年一二月に八億円に変更)とのいずれか低い額を最高限度にしている(協同組合による金融事業に関する法律六条一項、同法施行令二条、三条二項・三項、銀行法一三条、信用組合基本通達第八1(3)、同別紙2資金運用指導要領2)のに、本件貸出はそれをはるかに超えていること、<5>貸出に際しては、貸出額に相応する確実な担保(不動産については、山林、原野、田畑、遠隔地不動産等の処分困難な不動産以外の物件で、確実に抵当権設定登記をすること、有価証券については、国債、公債、上場企業の株式及び社債に限る。)を徴求することとされている(貸出規定第一章6項等)のに、これらの担保を徴求しないで、回収の見込みの少ない相手先に貸し出したものであること、などの点で、法令及び諸規定に違反するものであることが明らかである。しかも、被告人は、本件貸出を含むA及びBに対する融資を、前認定のとおりの経過で、いわゆる理事長承認案件として、内部審査の手続すら実質的には経由せずに独断で決定していた。もとより法令、規定に違反する行為があれば、その内容、程度を問わず直ちに可罰的な任務違背行為を構成するとまではいえないが、本件の任務違背の内容は右のとおりであり、被告人がこれらを遵守しようとする姿勢を全く示さず、これらに著しく違反する行為を重ね、そのために府民信組の経営を破綻に導いたことからすれば、このような行為が背任罪を構成する任務違背に該当することは明らかである。

所論は、原判決が、被告人に対し、「不良債権による傷口をそれ以上広げないことに意を用い、経営の効率化や経営基盤の強化を図りながら、安全確実な貸付先を選んで融資することにより堅実に利益を上げ、長期的な見通しに立って経営していくことが望まれる」と説示していることについて、事実上不可能を強いるものであって、現実から遊離した理想論であると論難する。なるほど、府民信組は、被告人が理事長に就任した当時、既に約八〇億円の不良債権を有するなどの問題点を抱えていた上、当時、大阪府等が進めていた信用組合再編成のためのプランに対応するため、規模の拡大を図る必要に迫られていたのみならず、豊国信組との合併に併い多額の不良債権や債務を引き継いだことから、極めて困難な経営を強いられていたことは、原判決も認定しているところであり、そのため、いわゆるバブル経済下において、積極的な経営方針を取らざるを得ないと考えたこと自体は、理解するにやぶさかでない。しかしながら、金融機関、特に信用協同組合は、中小規模の事業者の相互扶助の精神に基づき、その自主的な経済活動を促進し経済的地位の向上を図ることを目的として組織されるものである(中小企業等協同組合法一条)ことにかんがみ、その趣旨に沿った法令・規定等を遵守する義務を課せられているのであり、困難な状況にあったからといって、これらの法令・規定等に著しく違反することが許されるわけではない。そして、これらの法令・規定は、信用組合の健全な経営を図り、財産的基礎を保護するために制定されているものであることからすると、これらの規定に著しく違反し、そのため府民信組を危機に陥れた本件融資が、信用組合と代表理事としての任務に違背するものであることは明らかである。

2  本件各貸出に関する個々の担保取得について

関係各証拠によれば、本件の協和に対する個々の貸出に関し、それぞれ、不動産の根抵当権設定契約書ないし根抵当権設定手続をする旨の覚書、あるいはゴルフ場経営会社の株式、ゴルフ会員権等が差し入れられてはいるが、これらは、実際には、根抵当権設定登記がなされていなかったり、債務者である協和において、当該不動産の所有権さえ取得していなかったり、あるいは会社の経営権を掌握していなかったなどというものであって、いずれも形式的な担保徴求にとどまり、実質的な担保たりうるものでなかったことは、原判決が正当に説示するとおりである。

所論は、用地につき根抵当権設定契約がなされていた関ゴルフ場、瑞浪ゴルフ場は、いずれも、その後、ゴルフコースとして完成し、あるいは完成予定であって、それなりの利益が見込まれること、関ゴルフ場用地については、登記に必要な一件書類を司法書士に預けていたこと、株式及びゴルフ会員権が差し入れられた相武カントリー倶楽部については、協和に過半数の株式を取得させる旨の弁護士の念書も入っていたことなど、種々の事情を指摘して、本件融資に関して設定された担保は、実質的な価値があった、というのである。しかし、開発予定のゴルフ場については、最終的には、ある程度の利益が見込まれ、また、当時は、その開発許可がなされたゴルフ場用地がある種の利権として評価され、投機の対象とされるような面があったとしても、完成までに要する費用やリスクを考慮すると、いまだ造成途中のゴルフ場について、確実性が特に要求される公的金融機関の担保としてふさわしい財産的価値を認めることはできず、まして、その用地の所有権、地上権すら取得していない状態のものに対してまで、ブロジェクト融資と称して担保価値を認めることは、到底できない。そして、いずれにしても、各ゴルフ場用地その他の不動産については、抵当権設定登記がなされず、ゴルフ場の経営会社については、Aあるいは協和において、その経営権を取得しておらず、その会員権は、代表権のないAが勝手に印刷したものに過ぎなかったのであるから、所論の指摘を考慮しても、これらが、適正な担保といえるようなものでないことは明らかであり、これら各担保の設定経過に照らすと、被告人も、そのことを十分認識していたと認められる。

なお、本件各債権については、その後、他のゴルフ会員権が差し入れられ、次いで、それらと引き換えにイトマンの保証予約念書が差し入れられ、更に、これが返還されると同時に他のゴルフ会員権、ゴルフ場経営会社の株式等が差し入れられるなど、複雑な経過が見られるが、いずれも実質的な債権担保の機能を果たすものでなかったことも、原判決が指摘するとおりである。

以上のとおりであって、被告人には、協和の利益を図る目的があり、それと表裏の関係をなすものとして府民信組に対する加害目的も肯認できると共に、付随的なものとして自己図利目的も認められ、また、任務違背及びその認識もあったと認めざるを得ないのであって、被告人につき、背任罪が成立することは明らかであるから、原判決には、所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。

第二  控訴趣意中法令適用の誤りの主張について

論旨は、背任罪において図利加害目的を肯認するためには、少なくとも確定的認識のあることを要すると解すべきであるのに、未必的な認識で足りるとして、被告人につき背任罪の成立を認め、刑法二四七条(平成七年法律第九一号による改正前のもの)を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、所論にかんがみ検討すると、所論が引用する最高裁判所昭和六〇年(あ)第七一四号同六三年一一月二一日第二小法廷決定(刑集四二巻九号一二五一頁)は、商法四八六条一項(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの)の特別背任罪につき、図利加害目的を肯定するためには、図利加害の点につき、必ずしも意欲ないし積極的認容までは要しないものと解するのが相当であるとしているところ、いわゆる確定的認識を要するか、未必的認識で足りるかについては、明示的な判断はされていない。しかし、いずれにしても、原判決が認定しているとおり、本件背任における被告人の目的については、協和に利益を得させる目的が主要なものであり、府民信組への加害目的は、これと表裏の関係をなすものとして認定されているに過ぎないものであって、協和に利益を得させる目的について、確定的認識あるいは意欲が認められる以上、府民信組を害する結果になることについては、未必的認識があれば足り、確定的認識あるいは意欲までは要しないというべきであるから、本件において、被告人に図利加害の目的があるとした原判決には、所論の法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

第三  控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、被告人を懲役二年六月に処した原判決の量刑は、特に、刑の執行を猶予しなかった点において、重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

本件は、原判示のとおり、信用組合の理事長であった被告人が、代表者としての任務に違背し、各種の法令や規定にも違反して、協和に対し、手形割引名下に合計二六七億円を貸し出してその回収を困難にさせ、同信用組合に損害を与えたという事案であるところ、原判決が、「量刑事情」と題する項において、詳細に説示するところは、いずれも、おおむね正当として是認することができる。

とりわけ、本件被害額は、起訴されたものだけでも二六七億円に上っており、この種背任事件の中でもまれに見る巨額であり、そもそも本件では、いわゆる株の仕手戦や地上げに絡む資金利用が発端にあり、本来の信用組合の理念から大きく外れた融資が事件の背景にあったもので、かつ、被告人は、このような経営方法につき、ワンマン経営者として自らすべてを決定し、実行したものであり、一身に責任を負うべき立場にあった。そして、本件は、要するに、雅叙園観光ホテル再開発による見込み利益を引当てとし、その再建の前提となる雅叙園観光の乱発手形処理のための融資であって、リスクの極めて高い一種の冒険的取引で、公的役割を担う金融機関に許されるようなものではなく、その動機において、それまでのコスモポリタングループへの貸付けを肩代わりした協和を支えることによって、協和に対する債権回収を期待すると共に、保有する雅叙園観光株式が無価値になることを防ごうとする意図があったとしても、実際には、Cらが乱発した手形の真相は究めようがなく、雅叙園再開発の実態も十分調査把握しないままに、諸規定に著しく違反し、なんら確実な担保を徴求することなく、膨大な額の融資をしたもので、背任の態様は悪質であるといわざるを得ない。また、本件後、府民信組は、自主再建に努めてきたが、経営が好転しなかったため、平成五年一一月一日、信用組合大阪弘容に吸収合併されたもので、経済状況の急転によるいわゆるバブル経済崩壊の影響が大であったとはいえ、結果として、一つの金融機関を消滅させ、関係者、関係機関をはじめ従業員にも多大の迷惑を掛け、中小の金融機関に対する社会的信用を害した責任も重大である。このような本件犯行の規模、態様等に照らすと、原判決が、被告人に対し実刑をもって臨むべき事案であるとしたことは首肯できないではなく、社会的な責任の重さからすると、むしろそれが当然とも考えられる。

しかし、被告人は、これだけの損失を府民信組に与えたとはいえ、株式会社富士銀行や関係機関の協力により、被告人がオーナーである新千里ビルグループが九五パーセント、富士銀行が五パーセントの出資をして新千里興産株式会社を設立し、A、Bがらみの不良債権約九〇〇億円を全額引き受け、府民信組に与えた経済的損失をすべて補填したものであり、この点は、この種の事案としては、あまり例を見ない処理であり、被告人が、その経済的責任を認め、これを全うしようとしたものと評することができ、特に有利な情状として、考慮に値する。たしかに、検察官が主張するように、富士銀行の支援は、通常の貸出業務としてなされたものではなく、いわば、府民信組の損害の肩代わりをしたとも見られるが、いずれにしても、その引当ては被告人の全資産と被告人の経済能力であって、現に、被告人は、被告人個人あるいは新千里ビルグループの全資産を担保として提供した上、その返済に努力中であり、すでに相当額を返済している。すなわち、新千里興産関係の富士銀行からの借入金約七八〇億円のうち、平成七年一〇月二七日段階で、約一三九億円が返済されているが、これを新千里ビルグループ全体での富士銀行からの借入金の関係で見ると、新千里ビルグループ全体では、本来の借入及び府民信組支援のための借入を含め同三年一〇月末段階で一七二〇億円であったところ、そのうちの六九五億円余りが返済されているのであって、新千里ビルグループでは、その債務を相互に保証するなどしている関係で、債権者において、適宜充当していることからすると、かなりの弁済がなされていると評して差支えなく、被告人に返済の誠意が十分うかがえる上、換価処分されていない担保もかなり残存していることからみて、今後も、更に返済が見込まれ、債権者である富士銀行においても、債権回収を進める上で被告人の手腕に大きな期待を寄せているところである。

加えて、本件では、被告人自身の利得や利得への指向がほとんどないこと、被告人の府民信組への尽力にも多大なものがあったこと、更には、本件犯行に至るまでの経緯において府民信組自体の体質にも問題があったことなど、原判決が指摘する諸事情も有利な情状として十分しんしゃくできる。

以上のとおりの被告人にとって有利不利な諸情状を総合考慮すると、当裁判所は、被告人に対し、ただちに実刑に処するより、社会内において、関係者に掛けた多大な迷惑を償わせ、富士銀行が肩代わりした損害の弁償等に努めさせることが、その刑責に全うさせる上で肝要であり、かつ、そうすることが、本件事案の全体的な処理に資するものであると思料する。

そうすると、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決は、その刑の執行を猶予しなかった点で、重過ぎて不当である。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により更に判決することとし、原判決の認定した事実にその挙示を各法令(刑法六〇条については、平成七年法律第九一号による改正前のもの)のほか、同改正前の刑法二五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 楢崎康英 裁判官 笹野明義)

裁判長裁判官 朝岡智幸は退官のため署名押印できない。

(裁判官 楢崎康英)

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